正覺寺縁起
The origins of the temple
正覺寺(しょうかくじ)は、愛知県丹羽郡扶桑町にある臨済宗妙心寺派の寺院です。
当山の創建は、詳らかなる記録は残されておりませんが、古き文書によれば、御本尊・薬師如来さまは奈良時代の天平十四年(西暦七四二年)、聖武天皇の勅を受けた行基菩薩が、自らの手によりお彫りになられたと伝えられております。
往古、当山は真言宗の巨刹として栄え、多くの僧俗の信仰を集めておりました。しかしながら、度重なる火災により伽藍は荒廃し寺運も一時衰退いたしました。時を経て、永正六年(一五〇九年)臨済宗の高僧・友峰宗益禅師がこの地に再び法灯を掲げられ、中興の祖としてその名を今に伝えております。
その後、天正十二年(一五八四年)の小牧・長久手の戦いに際して、再び戦火の災いを被り、伽藍をはじめ、累代より伝わる宝物や経巻もことごとく失われ、寺勢は大きく後退いたしました。以降、境内地も大きく狭まり、長らくその復興は叶いませんでした。
昭和三十四年(二月)に至り、地域の皆様のご尽力と御支援により現在の本堂が再建され、今日に至っております。境内には本堂のほか、庫裏、経堂が建ち並び、また、扶桑町指定の文化財として、江戸期の名僧・円空上人による「十二神将像」が安置されております。


文化財 十二神将像
Statue of the Twelve God Generals
正覺寺には、江戸時代の仏師・円空(えんくう)上人が彫った「十二神将像(じゅうにしんしょうぞう)」が安置されており、扶桑町の指定文化財にもなっております。
十二神将とは、薬師如来を守護する十二の神将で、それぞれが干支に対応する姿で表されています。
当寺に伝わる像は、およそ300年前の作とされ、いずれも木の質感を活かした一刀彫によって彫られており、力強くも素朴で、どこか人間味あふれる表情をたたえています。円空仏の特徴である、ゴツゴツとした野性味や不可思議な微笑みも見てとれ、円空作品の中でも特に完成度が高いと評価されています。
現在、扶桑町の有形文化財に指定されており、地域の誇る歴史的遺産として多くの人々に親しまれています。










